清原引退と長渕の熱唱 「とんぼ」の持つ本当の意味

 プロ野球界では今年は印象に残る選手の引退が相次いだ。桑田、野茂に続き、予想はされていたのだが清原である。
 昨日1日の京セラドームで行われたオリックスの清原和博内野手の引退セレモニーには、清原が兄貴と慕う親交の深い歌手の長渕 剛がスペシャルゲストとして、一塁側からタンクトップ姿でギターを掲げ、清原のもとへ歩み寄った。
 「清原和博のために、歌います。」と一言の後、打席に入る際のテーマ曲の「とんぼ」を熱唱した。

 長渕 剛のことはそんなに詳しくはないが、郡山に転勤してきた昭和62年からは、彼が一番輝いていた頃だったと記憶している。
 丁度、俳優業にも進出し、テレビドラマにも積極的に出演していた頃だったと思う。確か「親子ジグザグ」は見ていた。主題歌の「ろくなもんじゃねえ」は夜のスナックでよく歌っている人が多かった。
 「ろくなもんじゃねえ」の冒頭の「ピピピッー、ピピピッー~~」が頭から離れない。やはり、ボクが郡山に赴任した年に流行っていたからであろう。

 医療機器業界はバブル景気では大きな恩恵を受けたとは思っていない。それでも周囲の業界の雰囲気が明るかったためだろうか、釣られて陣屋にはよく出向いたものだった。

 翌年、長渕は「親子ジグザグ」のコンセプトの発展形のドラマ「とんぼ」に出演した。その主題歌が同名の「とんぼ」なのである。
 ただ。その時は特に良い歌だとは思わなかった。これは曲のジャンルがボクの嗜好に合わなかった為であり、無知から来るものである。

 「とんぼ」が有名になったのは、清原が巨人時代からバッターボックスに向かう時に流すようになってからである。少なくともボクはそう思っている。


 可愛い弟分の清原が引退する日。長渕は、清原に向かって全身全霊をかけたライブを行った。清原は入団当初将来を嘱望され、王の本塁打記録を抜くのではないかと騒がれた。
 しかし若い頃の不摂生からか、身体に故障を抱え込むことが多くなり野球人生後半は、挫折の連続だった。
 長渕も音楽業界で多くの不条理を味わったらしい。「とんぼ」を作った時、何を思っていたのだろうか?

 共にそれぞれが、音楽界、野球界で栄光と挫折を味わった。その時間を共有し、戦い続けてた盟友に対して、送り出す言葉には、「次のステージがすぐ待っている、泣いてはいられない」という激励のメッセージだったのかも知れない。

 白球という幸せの“とんぼ”は、一体、どこへ飛んでいくのか?



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2008年10月02日 Posted by杜の都の素浪人 at 23:30 │Comments(0)旬な話題

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